2007年02月03日

節分

今日は節分でしたね。みなさんは太巻きかじりましたか?

今年の恵方は北北西ということで、太巻きを無言でぱくぱく食べました。この食べ終わるまで無言というのはつらいです。まあ、鬼から見たら鉄の棒をパクパク食べる人間には恐ろしくて近づけないそうですので、食べなきゃならん。

バレンタインデーがチョコレートやさんの陰謀としたら、これは寿司屋のいんぼうかいな?と思っていたのですが、今日友人のマー君(きらく寿司マスター)のブログでその由来を書いてありました。せっかくですのでここに引用して御紹介します。

「テレビや雑誌で寿司屋の陰謀だと言われている節分の丸かぶりですが、段取りの大変さやそれに見合う売り上げの無さから寿司屋業界では海苔屋や米屋の陰謀と言っていましたが、実は全然違います。
あまり知られていませんが、この行事は江戸時代の末期に始まりました。
江戸の末期に寒波が来て、風邪をこじらせて死んでしまう人が沢山いました。
それを深刻に思った紀州の殿様が、発明家で料理研究家でもある平川源内を呼び寄せて、(お前は夏に夏バテをしない土用の丑のウナギを考えた、だから冬に風邪をひかない物を考えよ!)と言いつけました。
そこで源内はその当初では贅沢品であった海苔と白米と玉子で巻寿司を考えて殿様の所にもって行きました。
すると殿様はこれは何処で採れたものじゃ?と聞くと源内は(海苔は大地で海の底、米は白天で天の恵みです!)と言いました。
すると殿様は(さすればこれは天と地を丸めた物か!そのような物に刃物を入れてはならぬ!このまま食せ!)と言いました。
その日がちょうど節分の日だったので、毎年伊勢神宮で恵方が決まるから、その方向に向かって丸かぶりをしたら鬼から見たら、黒い棒(鉄棒)を無言でかじる人間社会に怖くて近づけないだろう!と言う事から節分の丸かじりが始まったと、古い書物に残っています。
しばらく消えていたこの風習が昭和36年ごろから復活したそうです!
と言う事で寿司屋の陰謀ではありません(笑)仮に寿司屋が考えるなら、握りやちらしの方が楽だし売り上げも上がりやすいですからね(汗)」

ということだそうですわ。それで丸かじりをしないければならないという事なんですね。めでたいんや。

こうして節が変わろうとしています。今年は本当に暖かい冬ですね。ちょっと心配な気もします。このままいくとサクラが3月には咲くのではないでしょうか?そうなると風物詩がずれてきますね。日本の風情が温暖化で変わるのも仕方がないのでしょうか?

posted by ブンタ at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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